東京高等裁判所 昭和37年(ネ)1956号 判決 1965年10月29日
昭和三七年(ネ)第一九五五号事件被控訴人 昭和三七年(ネ)第一九五六号事件控訴人(第一審原告) 丸山くもゐ
右訴訟代理人弁護士 林貞夫
昭和三七年(ネ)第一九五五号事件控訴人 昭和三七年(ネ)第一九五六号事件被控訴人(第一審被告) 山梨県
右代表者知事 天野久
右訴訟代理人弁護士 田上宇平
主文
原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す。
第一審原告の請求を棄却する。
第一審原告の控訴を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。
事実
第一審被告訴訟代理人は、昭和三七年(ネ)第一九五五号事件につき、「原判決中第一審被告敗訴部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を、昭和三七年(ネ)第一九五六号事件につき、控訴棄却の判決を求め、第一審原告訴訟代理人は、昭和三七年(ネ)第一九五六号事件につき、「原判決中第一審原告敗訴部分を取消す。第一審被告は、第一審原告に対し、金一六万一〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年一二月七日から完済まで年五分の金員の支払をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決を、昭和三七年(ネ)第一九五五号事件につき、控訴棄却の判決を求めた。≪以下事実省略≫
理由
第一審原告が、昭和二九年一一月二五日以来、山梨県公安委員会から麻雀屋の営業許可を受け、肩書住所たる甲府市水門町二番地において上海荘の商号で右営業を継続してきたこと並に山梨県警察本部甲府警察署勤務の警部補小泉芳章、巡査猪股正治及び同清水信隆の三名が昭和三五年一〇月一日午前九時頃被疑者松井養一外三名に対する賭博被疑事件につき発付された捜索差押許可状(以下本件令状という。)に基づき、第一審原告の前記住所にある営業所兼居宅を捜索し、第一審原告主張の物件を差押えたことは、当事者間に争がない。
第一審原告は、本件令状そのものが無効であるといい、或は、本件令状に基づく執行が違法であると主張するので、以下右主張に対する判断を示す。
(一) 本件令状は捜索差押令状に記載すべき被疑者の特定を欠くとの主張について。
本件令状に、被疑者の氏名として、「松井養一外三名」とのみ記載されていることは、当事者間に争がない。しかし、被疑者として松井養一なる者の氏名の記載がある以上、被疑者の面からする被疑事件の特定に欠けるところがないから、同人以外の三名につき、氏名の記載がなくとも、令状の記載として、この点に関する不備はないものというべきであるので、本件令状が被疑者の特定を欠くゆえをもって無効であるとする第一審原告の主張は、理由がない。
(二) 本件令状に基づく執行が本件令状を処分を受ける者に示さずに為されたとの主張について。
捜系令状又は差押令状を執行するには、執行着手前右令状を処分を受ける者に示すことを要し、右の処分を受ける者とは、捜索すべき場所又は差押えるべき物件の直接の支配者を指称し、処分を受ける者が不在のときは、令状を示すことが不可能であるから示さないで執行しても違法ではない。≪証拠省略≫によると、本件令状には、捜索すべき場所として、「甲府市水門町二番地麻雀荘上海こと丸山くもゐ方居宅(含営業所)及附属建物」と記載されているので、本件捜索を受ける者は上海荘の経営者たる第一審原告というべく、又、本件令状には、差押えるべき物として、「本件に関係ありと思料される帳簿メモ書類等」と記載されているが、右差押えるべき物件として表示されているものは、上海荘の建物内にあるその経営者たる丸山くもゐの管理下に置かれている物件を指していることは令状の記載自体明らかというべきであるので、本件令状により差押を受ける者も第一審原告というべく、本件令状執行当時第一審原告が前記捜索を受くべき場所にいなかったことは、当事者間に争がないので、本件令状を執行するに当り、これを第一審原告その他の者に示さなくとも違法とはいえない。もっとも、令状の呈示を受ける者が不在の場合には、立会人に令状を示すのが妥当の措置と解せられるが、≪証拠省略≫によると、右三名の警察官は、本件令状を執行するため上海荘に赴き、玄関に応待に出た第一審原告の夫丸山由貞に対し、第一審原告在宅の有無をたずねたところ、不在とのことだったので、同人を立会人として本件令状を執行することとし、同人に対し、警察官たる身分を明らかにし、麻雀賭博捜査のため訪れた旨来意を告げ、次いで、同家玄関土間において、巡査猪股正治が携行の本件令状を丸山由貞に示したところ、狼狽した同人は、令状に一瞬視線を向けたのみで、これを手にして見ることもせず、座敷に案内したので、右三名の警察官は、玄関に続く四畳半の部屋に入り、ここで、警部補小泉芳章は、巡査猪股正治から本件令状を受取り、あらためて丸山由貞に示すとともに、本件令状の趣旨を説明し、然る後、同人立会の上執行に着手したことが認められるので、右警察官の措置には遺憾の点はない。右認定に反する≪証拠省略≫は、前記各証言に対比して措信しがたく、≪証拠省略≫及び原審における第一原告の供述中令状呈示に関する部分は、いずれも、丸山由貞からの伝聞であるので、右認定を左右するものではない。≪証拠省略≫によると、本件令状を執行した警部補小泉芳章は、本件令状執行後令状呈示の有無が新聞等で問題にされたため、後日本件令状の執行調書に令状を示した位置を加筆したことが認められるが、警察官としてかかる措置をとったことに対する批判は別として、そのことにより前認定の令状呈示の事実が動かせるものではない。従って、この点に関する第一審原告の主張は採用のかぎりでない。
(三) 本件執行が立会人たりえない丸山由貞を立会わせて為された違法があるとの主張について。
第一審原告は、令状執行の立会人は被疑者以外の第三者に限られるところ、丸山由貞は本件令状執行当時被疑者として取扱われていたので立会人たりえないと主張するが、強制捜査たる捜索差押につき準用される刑事訴訟法第一一四条第二項の立会人が被疑者以外の第三者を意味すると解すべき理由がないばかりでなく、≪証拠省略≫によれば、丸山由貞は、本件令状執行当時本件賭博事件の被疑者として取扱われていなかったことが認められるので、第一審原告の右主張も理由がない。
(四) 本件令状記載の差押うべき物には麻雀牌及び計算棒が含まれないとの主張について。
本件令状に、差押えるべき物として、「本件に関係ありと思料される帳簿、メモ、書類等」と記載されていること及び前記警察官が、右令状により、麻雀牌二組及び計算棒四組を差押えたことは、当事者間に争がない。
刑事訴訟法は、その第二一八条において、憲法第三五条をうけて捜査のための対物的強制処分たる差押、捜索等についての令状主義を規定し、さらにその第二一九条において、差押、捜索の令状には、被疑者の氏名、罪名、差押えるべき物、捜索すべき場所等を記載しなければならない旨を明規しておる。そして令状にかような諸事項の記載を法が命じているのは、差押にあっては、物の占有を取得し、また捜索にあっては、一定の場所について物を発見するための措置をとる強制処分であって、必然的に住居及び所有又は所持の侵害を伴うものであるから、これらの安全を保障するため、被疑者の氏名及び罪名の記載によって捜索、差押のなされるべき被疑事件を具体的に特定明示し、令状が捜査機関によって該事件以外の他の事件の捜査に流用せられることを防止するとともに差押えるべき物及び捜索すべき場所の記載と被疑者の氏名及び罪名の記載と相俟って、特定の被疑事件について捜査機関に賦与すべき捜索及び差押の権限の範囲を明確にすることにより、被疑者を捜査機関の不当な権利侵害から守ろうとするにあることはいうまでもない。
以上の趣旨からすれば、差押えるべき物の記載についていえば、差押えるべき物を限定的に列挙し、その各個について、いちいちその名称、形状、作成者、日附、番号等を明示し、他の同種の物から識別しえられる程度に記載されることをもって、法の目的に、もっとも合致するものというべきである。しかしながら、実際問題として、捜査の段階において、他人の占有に属する物に対して行われる差押について以上のような記載を要求することは、不能を強いることとなり、そうでないとしても捜査の遂行をきわめて困難にする場合が少くないから、差押の目的を指示するのに、あるいは類型の表示をもってし、あるいは例示による概括的表示をもってする等の記載方法が実際上一般に行われるところであるが、かような記載方法も捜査の性質上、法の根本趣旨を没却しない限り、是認せられるものといわなければならない。換言すれば、差押令状における差押えるべき物の記載は、これを合理的に解釈して差押えるべき物を特定しうることを必要とし、かつこれをもって足るものと解すべきである。
そこで本件について考察する。
≪証拠省略≫によれば、令状には、「被疑者氏名、松井養一外三名」「罪名、賭博」「捜索すべき場所、甲府市水門町二番地麻雀荘上海こと丸山くもゐ方居宅(含営業所)及附属建物」「差押えるべき物、本件に関係ありと思料される帳簿、メモ、書類等」なる記載の存することが明らかである。そして右の「帳簿、メモ、書類等」にいう「等」なる接尾語は、一般に複数を表わす用語であるから、右の「等」によって表現される物は、必ずしも帳簿、メモ、書類に準ずべき物に限定する趣旨と見るべきなんらの根拠なく、それ以外の物をも包含する趣旨と解するのが相当である。もっとも、以上のように解すれば、一見差押えるべき物の範囲を不特定ならしめる観がないわけではない。しかしながら、本件令状には、罪名を賭博、捜索すべき場所を麻雀荘上海こと丸山くもゐ方云々とする記載の存したことは前記のとおりであるから、その記載を全体として見れば、差押えるべき物の範囲は、「本件麻雀賭博被疑事件に関係ありと思料される帳簿、メモ、書類等」であることが明らかであり、さらに、このことは、≪証拠省略≫によって認められる本件賭博被疑事件は、第一審原告丸山くもゐ経営の「麻雀荘上海」において行われたとされる麻雀賭博であること及び前認定のように、甲府警察署勤務の警察官小泉芳章は、本件令状に基づく捜索、差押のために、昭和三五年一〇月一日右「麻雀荘上海」に赴いた際、居合わせた第一審原告の夫丸山由貞に対し麻雀賭博被疑事件について捜索、差押に来た旨来意を告げ、本件令状を同人に示したことによって寸疑を容れる余地のなかったところというべきである。しかるときは、右の「等」を帳簿、メモ、書類に準ずべき物以外の物をも包含する趣旨と解しても、「麻雀賭博被疑事件に関係ありと思料される」という限定が加えられることによって、合理的解釈によって右の「等」に包含される物の範囲を客観的に決定しうるものというべきである。
そこで、本件係争の麻雀牌及び計算棒が本件令状による差押えるべき物に該当するかどうかの点であるが、この種の物件がいずれも麻雀賭博なる犯罪の用に供せられる物件であることはいうまでもなく、「麻雀賭博被疑事件に関係ありと思料される帳簿、メモ、書類等」に包含せられるものであることは自ら明らかである。そして、≪証拠省略≫によれば、本件令状に基づいて、本件麻雀牌及び計算棒の差押をした小泉芳章は、これらの物件は当然差押えうるものと判断して、立会人たる丸山由貞に対し、当時麻雀荘上海において日常使用する麻雀牌及び計算棒がどれであるかを確かめ、これに応えて同人の提示した本件麻雀牌二組及び附属の計算棒四組を差押えたことが認められるので、本件差押をもって違法と目すべきなんらの理由もないものというべきである。
(五) 本件麻雀牌及び計算棒の差押が憲法第二五条違反の処分であるとの主張について。
本件差押が適法である以上、第一審原告が営業不能になったとしても、本件差押が憲法第二五条に違反するものであるとするなんらの理由がない。
以上の如く、本件差押を違法とする第一審原告の主張はすべて理由がないので、第一審原告の請求を一部認容した原判決を失当として取消し、本訴請求及び第一審原告の控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 仁分百合人 裁判官 小山俊彦 渡辺惺)